大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和33年(ウ)323号 決定 1958年7月24日

申請人 布施交通株式会社

被申請人 吉田進 外二七名

主文

本件申請を却下する。

理由

本件のごとき仮の地位を定める仮処分において、金銭の支払を命ずる必要のある場合仮にその支払を命じても、仮処分の範囲を逸脱したものということはできず、本件仮処分もその場合に当るとみとめられ、これにより特に申請人に回復しがたい損害を与えるものとも直ちにみとめることはできない。申請人は原判決理由に齟齬あることを指摘するが、原判決の理由は、その主文を導き出すについて、判決理由としての理路をそなえており、一目背理たることが明らかであるというところもない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 神戸敬太郎 木下忠良 鈴木敏夫)

【参考資料】

強制執行停止決定申請書

申請の趣旨

申請人及被申請人間の大阪地方裁判所昭和三十三年(ヨ)第二八三号賃金支払申請事件につき為された判決主文中申請人に対し被申請人等に夫々既に履行期の到来した金員を仮りに支払うべきことを命じた部分に限り本案判決を為すに至る迄之を停止する。

との御裁判を求める。

申請の理由

一、被申請人等より申請人に対する大阪地方裁判所昭和三十三年(ヨ)第二八三号賃金支払仮処分申請事件について、昭和三十三年七月十七日同庁に於て申請人一部敗訴の判決がありました処、被申請人等は同人等勝訴に係る昭和三十三年一月一日以降現在迄の既に支払履行期の到来した合計金四百八拾万六百四拾四円也の支払を命じた部分の執行力ある仮処分判決正本に基いて申請人等所有の財産に対し強制執行を為して来るやも知れぬ状態にある。

二、然しながら、申請人は右判決が全部不服であるし、前記判決には明らかに左記の如き誤りがあるし、且仮処分の正当な範囲を甚しく逸脱したものであるから、申請人は昭和三十三年七月十八日御庁に控訴の提起を為した。

(一) 即ち原判決は昭和三十二年十二月二十八日午前九時、被申請人等の代表者吉田執行委員長が組合結成の通告並六項目の要求事項を記載する団体交渉申込書を申請人に手交した直後申請会社の権田専務及金光車輛課長が団体交渉の申入に対し実力を用いて組合役員を構外に追出す等組合員の退去を求める言動があつた旨認定し且被申請人等が昭和三二年一二月二九日以降昭和三三年一月二四日迄の間申請会社に於ける労務に従事していないのは申請会社が昭和三十二年十二月二十九日の勤務交替時間たる午前十時を期して組合員たる被申請人等の就労を拒否する措置に出てたと認定しているが之は事実の認定を誤つたものである。

即ち申請会社は昭和三十二年十二月二十九日午前十時より操業する従業員には組合員であると非組合員であるとを問わず平常通り始業点呼を為し仕事に出て貰うようエンジンキー、及び車体検査証を備えた車輛を配車したものであるが被申請人等のみは表門外の赤旗の下に馳せ参じその儘終日稼動しなかつたものである。申請会社総務部長山本石蔵専務取締役権田秀造車輛課長金光庚等は何等被申請人等の就労を拒否する発言並行動を為して居らない。此の事実は申請会社が疎乙第三十号証及び第三十一号証の疎明資料として提出した被申請人等の当時の指導者で組合副委員長であつた古館秀雄の証言書(疎第三号証ノ五及び疎第三号証ノ六御参照)、疎乙第三十四号証疎明資料として提出した被申請人等の元指導者(執行委員)島田豊志の証言書(疎第三号証ノ三御参照)によつても明らかであるし寧ろ同日の被申請人等の不就労は被申請人等がその前日より計画して営業の正常な運営を阻止せんことを目的とする積極的な職場放棄である事を充分疎明するものである。しかも其の後被申請人等は昭和三十三年一月二十四日迄の間従業員の作業所への入門並出勤時に押すべく命ぜられているタイムレコーダーの打刻を為さず、作業服に着換える等の就業態勢をとらず一月三日からは作業所内仮眠所及食堂を会社の意思に反し占拠し「闘争本部」なる看板を掲げ屯して職場放棄をなし闘争態勢に入り一月十三日午前四時三十分頃大挙して申請会社に来り会社宿直員や会社幹部を一室に軟禁し、申請会社の制止を排除して強制的に自動車二十台を持ち出し、大阪陸運局への申請会社の免許取消要請のためのデモ行進に無断使用し残部二十台の自動車のタイヤ空気を抜いて同車輛の稼動を不能ならしめ同月十八日には被申請人等は一日中街頭に出て一般乗客を装い申請会社の非組合員たる従業員が稼動中の客用自動車をとらえて大阪市北区中津済生会病院及大阪駅附近迄乗車し、料金を踏み倒し且予め待機中の被申請人等組合員が車輛に墨を塗る等威力業務妨害、若くは準強盗に該当する行為を敢行すること等に日を費やし、就労しなかつたものであるからである。

従つて申請会社には右期間中被申請人等が会社との労働契約に基き提供すべき労務を前述の如き同人等の恣意による職場放棄若くはストライキの為、現実に提供しなかつた以上、被申請人等に対し賃金支払の義務を負うものではない。

三、又原判決は申請会社が昭和三十三年二月二十五日為したロックアウトを合法有効と認定し乍ら申請会社に該ロックアウト期間中の被申請人等に対する賃金支払の義務ありと認定して居るが斯かる判断は誤つた法律見解である。

即ち本件ロックアウトは被申請人等の反覆累行する違法争議行為に対し、経営者に認められた正当なる争議行為として賃金の支払を為さずして被申請人等の労務提供の受領拒否を合法的に為し得るものであるから、ロックアウトが有効である以上申請会社は被申請人等の労務提供の受領拒否を合法的に為し得るものであり且賃金支払の義務のないものである。

ロックアウトが斯かる法温的性質を有することは今日通説、判例の認めるところでもある。

然るに原判決はロックアウトの性質について異つた見解に立ち本件ロックアウトを合法正当なものであると認定して置き乍ら申請人の就労拒否が継続しているとの理由で申請人に対し該ロックアウト期間中の賃金相当額の支払を命じている。

これはロックアウトが法律上経営者に認められた賃金の支払を要せずして労働契約に基く労務提供の受領拒否を有効に為し得る争議行為であることの本質を曲解した誤つた見解であると謂はなければならない。従つて原判決の如く民法第五三六条第二項によつて律し得る場合ではない。

四、又原判決は単に将来本案訴訟で確定せられるべき請求を保全する為に仮りに為される緊急処置に過ぎないのに、被申請人等が自動車運転者として他の業者に雇はれ、稼動して無難に生活して来た過去七か月に亘る間の賃金の支払をも将来の請求と併せて認めて居るが之れは仮処分の内容がその本来の使命とする権利保全の為にする仮の緊急処置たる範囲を甚しく逸脱したものであつて権利の終局的実現を招来する如きものである。

即ち賃金収入によつてその生計を維持して居る賃金労働者と雖も使用者に対し労働契約上の賃金支払義務の履行を求める場合には本案訴訟によることを原則とするのであるが使用者の為したロックアウトその他の処分を争つて訴訟を提起する場合、訴訟を滞りなく追行し、勝訴の確定判決を得る為には何よりも、その間の生活を維持する事が前提条件であつて之を欠く時は権利の終局的実現は覚束ない結果になつてしまう。

従つて処分の効力を争う本案訴訟についての被保全権利の存在が一応疎明される時はその訴訟の判決が確定する迄の間被処分者に賃金の仮払として平均賃金の範囲内で訴訟追行中の将来の生活維持に必要な限度の金員の支払を命ずる仮処分も、やはり本案訴訟に於て確定せられるべき請求につき、その固有給付を保全するに必要な緊急処置として許されるが、仮処分判決に於て判決時より過去の平均賃金額の一時払を命じる時は仮処分本来の趣旨である緊急処置としての必要性に欠如し、本案訴訟に於て勝訴判決があつたのと同一の結果を実現せしめる事になるから、仮処分の正当なる範囲を逸脱するものであると謂はなければならない。(大阪高裁昭和三十二年(ウ)第四七四号事件昭和三十二年十一月十五日第五民事部判決御参照)

まして被申請人等は原審裁判所の勧告による生活保証のため申請人より昭和三十三年三月三十一日一人平均金壱万円也宛の金員貸与を受けているしその上現在迄南交通株式会社、ピースタクシー株式会社等の自動車による旅客運送を営む他の会社運転手として壱ケ月平均賃金弐万円也程度のものを収得しているものであつて、現に賃金の支払を絶たれているため著しい生活の脅威にさらされて居るとは謂えない現状にあるのであるから仮処分によつて救済しなければならぬ緊急処置としての必要性は欠如していると謂うべきである。

五、以上の如く事実の認定並ロックアウトの法律性格の判断を誤り且仮処分の正当な範囲を逸脱した本件仮処分判決に基き申請人が強制執行を受けるに於ては仮りに申請会社が後日、本案訴訟に於て勝訴の判決を受けるか或は仮処分控訴審に於てその主張が認められても最早被申請人等よりその損害を回復する事が事実上不可能であるから茲に申請会社は申請の趣旨の如く判決時既に履行期の到来した過去の平均賃金相当額である合計金四百八拾万六百四拾四円也についての本件仮処分判決の執行を一時停止せられるよう本申請に及ぶ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例